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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)321号 判決

事実

被告大和運輸株式会社は全国各地に営業所を持ち、鉄道貨物取扱、主要地定期自動車便、海外航空旅客貨物取扱等の業務を行う商事会社であるが、原告が諸田福次に対し六回に亘り合計金百三十万五千円を貸与したことにつき、原告は、右諸田が被告会社の三河島営業所の主任(責任者)として営業資金の調達その他の一切の業務を担当していたこと、右貸金は前記のような被告の営業のためのものであつて、その効果は当然に被告会社に帰属するものであることを理由に、被告会社に対し右貸金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めて来た。これに対し被告は、諸田福次は被告会社の雇人ではなく、被告会社の委託に基き商行為を営む代理商という独立した商人であり、従つて同人が受託業務の運営上必要な諸経費の一切は自ら負担すべき筋合のものであるから、たとえ、事業資金の必要性に迫られて原告から借り入れたとしても、同人が自らの責任において処理すべきであつて、被告がその責任を負うべき理由はない、と主張して争つた。

理由

諸田福次と被告会社との関係についてみるのに、証拠によると、諸田福次は被告会社との間の昭和二十六年十一月十二日付委託契約に基き手数料の支払を受けて被告会社の荒川区内における取扱業務の一部の委託を受けていたこと、その営業については被告会社の三河島営業所として被告会社の指示のもとに業務を取り扱つていたけれども、その取扱業務のために必要な人員、店舗、運搬具その他の施設器具は同人の負担において整備しておくほか、その他運営に必要な諸経費はすべて同人の支弁すべきものと定められていたこと、しかしながら、同人の業績は振わず、被告に対する運賃の納入を怠つたため、昭和三十二年九月十二日到達の内容証明郵便をもつて、右委託契約が解除されるに至つたことをそれぞれ認めることができるので、諸田福次は右の範囲において被告会社の代理商として被告会社の業務を取り扱つていたものというべきである。そこで、被告が、諸田福次の原告に対する本件債務について名板貸による責任を負うべきかどうかについて判断するのに、被告が諸田福次にその営業をさせるについて被告の商標を記載し、かつ「大和運輸三河島営業所」という名称を附した看板を掲げさせているほか、同人は取引上の用途に供する各種用紙にも「大和運輸株式会社三河島営業所」という表示を使用していたことは何れも被告の争わないところであり、しかも諸田福次が右の業務における責任者であつたことは前に認定したとおりであるから、同人が被告から委託を受けている業者である旨の表示もない以上、格段の事由がなければ、同人と取引をする第三者が、被告を営業主と誤認するのもやむを得ない、とみるのを相当とする。

この点について被告は諸田福次から名義料を徴収しておらず、かえつて一定の手数料を支払つているのであるから、名板貸に該当しないと主張するけれども、右のような事由があつても、前記認定を妨げることはできないものと解すべきである。

よつて、前記金銭消費貸借について特段の事由があるかどうかについて判断するのに、本件貸借の行われた際諸田より原告に宛て振り出した約束手形の表示においては被告名義は用いられておらず、諸田運輸有限会社及び諸田福次の連名となつているばかりでなく、右のほかに借用証その他の書類が作成されている形跡も見当らないのであるから、被告と右振出人らとの関係について一応は疑念を懐くべきであるけれども、前述のように、被告名義の看板及び各種用紙を使用しているほか、証拠によると、右の貸借に当つて諸田福次はその使途を前記三河島営業所の営業のための資金という説明をしていることが認められるので、右のような事情を併せ考えるときは、結局原告は、右各手形の振出人らの表示は金融上の操作のためのものにすぎないと考えて前記金員を貸与したもの、と認定するのを相当とするので、振出人らと被告との関係について充分の調査を遂げなかつたからといつて、必ずしも原告が被告を諸田福次の営業主と誤認することについて重大な過失があつた、ということはできない。

しかしながら、各証拠を綜合すれば、諸田福次が受託業者となつている三河島営業所、及び同人と兄弟の関係にある諸田七五三吉が代表者をしている赤城運輸株式会社が受託業者となつている赤羽営業所の両営業について昭和三十二年八月末日において両者を合せ被告ほか四十一名から総額五千百五十七万一千八十円に上る債務を負うに至つたので、遅くとも九月十七日頃、原告に対しその窮状を訴えるほか各債務者に対してもその善後策を講ずべく債権者集会を開いたけれども、ついに結論を得られないまま散会したこと、原告は右ののちである九月二十五日さらに同人に対し金四十五万円を貸与していることを認めることができるので、右によれば原告は遅くとも債権者集会のときまでには被告と諸田福次との関係を知つていたものと認めるのが相当であるから、原告は右の日以降は名板貸の主張をすることはできないものというべきである。

よつて原告の被告に対する本訴請求は、貸付金八十五万五千円及びこれに対する支払済までの遅延損害金の支払を求める部分については正当であるからこれを認容し、その余については理由がないとしてこれを棄却した。

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